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2018年8月 7日 (火)

「私たちは無力ではない」

 私は若い時、毎日の平穏な生活というのは水や空気のように当たり前にあるものなのだと、何となく思っていました。ですが、東京大空襲で家族を失った方のお話を聞いて、明るい光の下で食事できることは、決して当たり前ではなく、平和だからこそできることなのだと、そして日々の平和にはそのための努力が必要なのだと、つくづく思うようになりました。

 8月6日の広島での平和祈念式典で、安倍首相は「核兵器のない世界の実現に向けて、粘り強く努力を重ねていく」とあいさつしました。しかし、実際には、世界が大きく動いた核兵器禁止条約には賛同しないという立場を、変えようとしていません。日本政府は、被爆者やその遺族の方たちが、差別されながらも平和のためにと苛酷な体験を語り継いできたその重みを受け止めるべきです。そして、核保有国であるアメリカ政府に追従するのではなく、他国にも条約への賛同を積極的に呼びかけていくことが、被爆国の政府としてとるべき態度なのではないでしょうか。核と戦争のもたらす悲惨さに向き合おうとしない政府の態度に、怒りを感じずにはいられません。

 核兵器禁止条約、そして他の政治的な課題においても、首相が言葉と行動の不一致を重ね続ける不誠実な政治の続く社会に、私たちは今生きています。ともすれば、政治に何を言っても変わらないのではないか、とあきらめる気持ちに傾きがちになるかもしれません。


 ですが昨日の広島の式典で小学6年の若い人たちが「平和をつくることは、難しいことではありません。私たちは無力ではないのです。」と訴えた言葉に私は希望を感じました。平和をねがう気持ちをあきらめないこと、ささやかなことでも、それを形にして伝え続けること。若い人たちの言葉を、私も胸に刻みたいと思います。

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